ETC

聖徳太子

「コンプライアンス社会」よく使用される言葉だ。

「人間は間違いを犯す動物」だとも言われる。

会社のトップが、平身低頭している姿を、TVでよく見かけるようになった。

社会的に葬り去られる企業も有るとかで、思い当たる企業は、汲々としているそうな。

根本はどこにあるのだろう、、と考えてみたが、よくわからない。

個々の理由は理解できるが、なぜそうなったのか、わからないことがある。

少し前、アルコール添加の日本酒を買って頂いた。勿論、「味を〆るためにアルコールを入れています。でも美味しいですよ。」試飲して頂き、美味しいね、と感想を頂戴した。

3本買って頂いたお客様が、その後来られて「美味しいのでプレゼントにしたの、そうしたら、先様から後日、”美味しいけど、アルコール添加酒なのね”と言われました。」

買って頂いたお客様は納得だが、頂戴した方は不満があった。

販売時点での説明は十分だが、進物にされた場合、説明の仕様がない。

”味をつくる”と”純粋な味”とでは意味が違う。

近々は”純粋な”が優先されているようだ。

なぜ、そうなったのかは、考えてみる必要があるだろうと思う

人工的に造られたのが悪で、自然が善だ、と言うのが風潮なのだろうか。

勿論、食材偽装とは全く違うが、根は同じだろうと思う。

このパズルを解くことができれば、酒販店にとってすごいことになりそうだ。

 ▼ 安いのが善

一時、激安が流行った。

同じ商品が安いのならば、お客様にとって好都合だ。安くしなければ、お客様が反応しない。

ビールが発泡酒に、第三のビールに、、時間はかからなかった

安いが善の流れで、ほとんどの商品、お店が価格改定を余儀なくされた。

企業努力(ほとんど経費削減)で、世の中の要望に応えるのが精一杯の時代だった。

身を切ることで、要望に応える。正社員を契約社員に、アルバイトの時間を時間割で節約、、企業努力のほとんどは人件費に向けられた。

とにかく、この流れが落ち着くまで我慢しよ、、的な考えが有った事も事実だが、チャンスと見て積極的に取り入れる企業も多かった。

製造業業者は、売れる価格に見合う商品を造った

しかし、、価格の下落は止まらない。人々の要望は更に強くなり、製造、販売共に合さざるを得ない。

要望は、高度成長の歪を取ることに成功した。

人手不足は、海外に安い人件費を求め、材料は、現地生産でコスト削減する。国内は未就業者が増え、一段と安さを求める。

行き着くところは、食材の偽装だ。

4年程前、北海道の食品メーカーが言い放った。「安さを求めるお客様の要望に応えるには、仕方なかった、、、」

食の安全は崩れたと言っても良い。コストダウンは、手を付けてはいけない処まで到達した。

風潮は、今回の有名デパートの食材表示不適合で止まるように思う。

4年前とは全く違う情報の速さがそれを可能にする。

情報の速さと広がりは、酒販店でも起こりえる。この流れを身に着けることは、変化のチャンスだと見なければならない。何故なら、多くのお店は、情報時代に参加してない。失敗の原因を突き止め、変えて行けば良いだけだから簡単だ。

 ▼ 陰極まれば陽生じる

行き着くところまで到達すれば、変化が起こり、新しい波が生じる。

古今東西不変の法則だが、今、この時に出会ってる

どのように変化させるかが問題で、間違わなければ成功する。

激変の時代、常識が覆され、正当だと思っていたことが、不正義になることが多い。

大和川流域を牛耳っていた聖徳太子時代は、淀川流域等見向きもされなかった。

奈良に都があり、大陸からの交易は、九州大宰府から瀬戸内海を通じ、四天王寺まで来る。陸揚げされた商品は、河内海を通じて、二上山の麓まで海路運ばれる。

陸路竹之内街道で奈良に入る。最初の宿場は法隆寺だ。このルートは、奈良時代官道として栄えた。祖税も運ばれた。牛耳っていたのは聖徳太子一族だ。

四天王寺、太子堂、法隆寺と拠点に太子の威光が残る。現状が定まると、息苦しさが出てくる。その力が大きくなると破壊が始まる。

都が平城京から平安京に変わった。変えた主役は藤原の鎌足だ。

当然、大和川流域から淀川流域に物流が変わる。この変化に乗じた一族は繁栄し、そうでない部族は破綻した。

ルートを牛耳ったのは藤原一族だ。同じような方法を、北国街道、東海道に求める。

大化の改新は物流の変化だっのかも知れない。後年、平清盛が淀川流域を整備、福原(現在の神戸)に拠点を移し栄華を極めた。

余談だが、この方式を熟知していたのが信長で、石山合戦は大阪の中心地を求めた結果起こった。引き続いたのが秀吉だ。

古代から中世、近代に至る権力争いは、流れを変えることで新しい力を得る。

今を嘆き途方にくれる、そんな中から新しい道が開ける。

陰極まれば陽生じる。酒販店の姿、そのものではないだろうか?

 ▼物から情報へ

商品の大切さは、食材事件で証明された。

しかし、情報の拡大が無ければ、そっと処理されたのかもしれない。

商品を広めるための情報は古代から有った。商品が主役で情報が脇役だった時代だ。

現在、主役が交代し、情報優先の時代になったのだ。

酒販店は免許制度で縛られた時代が長く、情報を出すのが不得手なのだ。良い商品をお勧めするにも手立てを思いつかない。

流れが変わったのは承知しているが、実行策が思うように出来ないのが現状なのかもしれない。

陰の極まりは、この点に集約できる。

「どうしてよいのかわからない」の言葉の裏には、日々の業務に追われ、新しいことを考える余裕すらない。ただ、流されていくだけ、、、、。

状態も、気持ちも痛いほど理解できる。

激安から始まった変化は、今ようやく情報を主役とした、新しい道に変化しようとしている。

安さを求める→激安の時代(今までの組織、仕組みを壊し始める。激動の時代の始まり。)→商品改竄(要望に応えるために、コストダウンを図る。商品にまで手をつけ、消費者の反感を買う。世間に知らしめたのが情報。)→情報主役(情報の大切さを再認識。商流に取り入れるようシステムを改築。更に重要性が増す。)→新時代の到来

変化は、自動車製造でも行われている。前面に物体があれば、情報処理で止まる仕組みを造り販売する。情報で車を制御しなければ売れない時代なのだ。

酒販店は、情報を前面に出した方式で、新しい波に乗ることが出来る。

行く道は定まった。お店の中に「情報」を取り入れるかが勝敗を決める。

最初は、簡単で何時でも使用できる方式から始め、慣れることが重要だ。間違っても、ホームページがあるからOK!と安心しないことだ。(変化しないホームページは、去年の新聞を読まされているに等しい。見向きもされない。)

お店の売りたい商品、新商品、おすすめ商品等、適時お知らせすることが出来るところから、取り掛かる必要がある。

”味をつくる””純粋な味”も情報として流す。口銭とはよく言ったものだ、、、、、、、、、、、、、、、。